あのエロイィズの純粹な場合、――既にもうアベラアルとの間に一人の子までなしながら、妻たらんよりは、戀人たらんことを欲して、アベラアルの求婚を一時斥けようとまでしたエロイィズの心意氣、――それからさういふ二人の戀が世間から攻撃の的となり、遂に別れ別れに修道院に入つてから、數年後再び二人が取りかはすやうになつた手紙の中の、相手を思ひ切らせて神のみに仕へようとしながら、しかも自ら相手を思ふのを禁じ得ずして惱みもだえる彼女の切なげな姿、――さういふエロイィズの歎かひが、數世紀後、その中に再び同種の小禽の叫びのやうに認められる、あの葡萄牙尼の苦しげな手紙、――そんな昔の不幸な戀人たちの殘していつた手紙だとか、或は日記だとかを、私はこの頃その一つを殆ど身から離さない位にしてまで讀みふけつてゐるのです。
實を云ふと、私はこんどの仕事には、さういふ手紙や日記を殘していつた昔の不幸な戀人たちの一人を取り上げて見たいのです。
さう、まあ王朝時代のものなら申分ありませんが、その頃の不幸な婦人たちの殘していつた多數の日記や家集のうちに、それを私がちよつと換骨奪胎しただけでそのまま私の好みの物語になつて呉れるやうなものがありはしないか知らん?