いはば、忘れてゐる或メロディに何故かしら胸がゆすぶられて來るやうに、それは自分の裡に郷愁のやうなものを起させる」といふ、アミエルから貴方がお手紙の中に引いて來られた言葉は、いかにもこの日記に向はれてゐる貴方自身の靜かな姿を私に偲ばせてくれましたが、私はこの日記にはもう一種の愛讀者のある事――その愛する弟モオリスのために彼女自身は空しい生涯を送るのにも甘んじたこの美しい魂に對して思はず羨望の聲を洩らしたリルケのごときもののゐる事をも、貴方にお知らせして置きたい。
最近機會があつて、この日記に就いて書いてゐるリルケの手紙を讀みましたが、その晩年の苦しい年月の間、彼を支へるべく彼のために生きてくれるやうな、そしてその人の許に彼の孤獨な生を避難させてゐられるやうな者を求めてやまなかつたリルケにとつて、この日記がどんなに貴重なものに思はれたか、――私自身はまだ孤獨なんぞと云ふものがいかに手きびしいものだかは殆ど知らぬも同樣でせうが――そのリルケの羨望に近い氣もちは私にもいささか分かるつもりです。
それはさて、貴方がその弟思ひの聖女の日記に親しまれてゐる間、私は私でそれとはおよそ反對な運命の下におかれた、女としての苦しい思ひのありつたけをした一人の女の日記のために心を奪はれてゐました。