それはさて、貴方がその弟思ひの聖女の日記に親しまれてゐる間、私は私でそれとはおよそ反對な運命の下におかれた、女としての苦しい思ひのありつたけをした一人の女の日記のために心を奪はれてゐました。
それはこの前の手紙でお話したやうな、こんどの仕事のために、私がやつとあまたの王朝時代の日記の中からこれこそと思つて選んできた「蜻蛉日記」といふ、さういふ古い日記の中でも最も古いとされてゐるものの一つです。
私の前に現はれたその「蜻蛉日記」といふのは、あの「ぽるとがる文」などで我々を打つものに似たものさへ持つてゐる所の、――いはば、それが戀する女たちの永遠の姿でもあるかのやうに――愛せられることは出來ても自ら愛することを知らない男に執拗なほど愛を求めつづけ、その求むべからざるを身にしみて知るに及んでは、せめて自分がそのためにこれほど苦しめられたといふ事だけでも男に分からせようとし、それにも遂に絶望して、自らの苦しみそのものの中に一種の慰藉を求めるに至る、不幸な女の日記です。