それはこの前の手紙でお話したやうな、こんどの仕事のために、私がやつとあまたの王朝時代の日記の中からこれこそと思つて選んできた「蜻蛉日記」といふ、さういふ古い日記の中でも最も古いとされてゐるものの一つです。
私の前に現はれたその「蜻蛉日記」といふのは、あの「ぽるとがる文」などで我々を打つものに似たものさへ持つてゐる所の、――いはば、それが戀する女たちの永遠の姿でもあるかのやうに――愛せられることは出來ても自ら愛することを知らない男に執拗なほど愛を求めつづけ、その求むべからざるを身にしみて知るに及んでは、せめて自分がそのためにこれほど苦しめられたといふ事だけでも男に分からせようとし、それにも遂に絶望して、自らの苦しみそのものの中に一種の慰藉を求めるに至る、不幸な女の日記です。
「唯生きて生けらぬと聞えよ」――さう、生きた空もないやうな思ひで男に訴へつづけた歎かひにも拘らず、彼女があの葡萄牙尼同樣に、「いと物はかなく、兎にも角にもつかで」、いたく年老ゆるまで生きながらへてゐたらしい事、しかし彼女らの死後さういふ皮肉を極めた運命をも超えて、彼女らの生のはげしかつた一瞬のいつまでも赫きを失せないでゐる事、常にわれわれの生はわれわれの運命より以上のものである事、――「風立ちぬ」以來私に課せられてゐる一つの主題の發展が、思ひがけず此處において可能であるかも知れないのを見、私は何か胸がわくわくするのを覺えてゐる位です。