――そんな事にどうして私ともあらうものが、今まで氣づかずにゐたのか、この頃になつてつくづくと、何んだか取り返しのつかない事をしたと思ふやうになりました。
が、さういふ矛盾に苦しみながら、一方この仕事が最後に近づけば近づくほど、ますますそれに私を沒頭させ出してゐるのは、この作品の結末において漸つとその手に負へない女主人公が、私のものになり出したやうに見える事です。
――その女主人公が男のために絶えず苦しんだ餘り、いつかその苦しみなしには自分が生きてゐられぬかと思へるほどになつてゐる、そんなにまで自分にとつてはもはや命の糧にも等しく思へるほどな貴重な苦しみを、男は自ら與へながらそれには一向氣づかうともしない、そんな情知らずをいまは反つて男のために氣の毒な位に思ふ、――さういふ一種の浪漫的反語とでも言へば言へないこともなささうな、自分を苦しめた男をいまは反つて見下ろしてゐられるやうな、高揚した心の状態を、私がその苦しい女主人公のために最後に見つけてやつた事は、この作品を私のものとして世に問ふ唯一の口實ともなりませう。