だが、それは何もこの中にあるカトリック的主題に心惹かれて讀み出してゐるわけではなく、實をいふと例の小さな仕事のために、自分のまはりに一種の宗教的雰圍氣みたいなものを人工的に製造しようとしてゐるだけなのですよ。
一體、このクロオデルの「マリヤへのお告げ」は、その表題が表題だけに、すぐにあの「受胎告知」の畫家たちがしたやうに、天使ガブリエルが村のマリヤの許を訪れるルカ傳の一節かなんぞを戲曲化したものとお考へなさるでせうが、さうではありません。
クロオデルはこの戲曲の中に唯、聖女になればなるほどいよいよ人間的になつていつた、ヴィオレエヌといふカンパアニュの或村の若い娘の姿を描いてゐるだけなのです。