――若い頃村を飛び出して、靜岡あたりで傳道師をしてゐた當主の耕作は、このごろ自分の郷里が外人のおほく集つてくる避暑地として拓かれだしてゐるのを知ると、こんな事をして妻子をかかへながらうろうろしてゐるよりはと、自分の家に戻つてきて、そこで日曜學校をひらき、かたはら英語がすこし話せるので通譯などをやつてゐた。
そのうちに知合の外人たちに頼まれて、自分の家にも二人三人泊めるやうになり、その客たちにいろいろ教はつて、疊の上に花の模樣のあるうすべりを敷いたり、繩でベッドを編んだりすることを覺え、だんだんホテルらしい恰好になつて來はじめてゐた。
そのうちに好いパトロンが見つかつた。