こちらの舊牡丹屋は、もうながいこと廢業同樣になつてゐたが、おえふたちが移つて來てから、夏など人に頼まれて學生を二人三人預かつてゐるうちに、それからそれへと聞きつたへて、夏休みになると學生たちが行李に一ぱい本を詰めて勉強に來だした。
そのうち、村の南にある谷間に夏場だけの假停車場ができ、使ひ古しの乘合馬車が一臺きりで、松林の中を伐りひらいた道をとほり、そこと宿との間を往復するやうになつた。
おえふはその夏のあひだ、學生の世話を一人で引き受け、小女などを相手に、昔の自分に立ち返つたやうに、赤い襷がけで娘らしく立ち働いた。