ちやうど村の西の入口から斜めに入つて、本通りに對してゆるく抛物線を描きながら、再び村の東の入口でそれと合してゐる「ショオ通り」といふのがそれでありますが、何故その裏通りに特にその名前がつけられてゐるのか、誰にきいても分かりません。
ただ村の老人たちのいまでもよく覺えてゐるのは、その裏通りに沿うていま大きなテニス・コオトの出來てゐるところは、なんでもその牧師が一人で開墾して、その村ではじめて萵苣やキャベツをつくつた畑の跡だといふことです。
この高原地帶は一體に四圍に起伏が多くて、まるで繪ハガキのやうに美しい丘がいくつも立ち竝んでゐますが、外人の別莊は大概そんな丘の上のはうにあります。