が、ホテルの裏の塀にくつついて立つてゐる、村で一番美しいさるすべりの木は、それがはつきりとはホテルのものともつかなかつたばつかりに、(本當に何がしあはせになるか分からない)、その儘引つこ拔かれもしないで今年も夏のはじめには眞白い花を咲かせてゐた。
私が今年はじめてその前を通つて見ると、その木の下はいまはもう公然と便利屋の荷車の溜まりになつてゐて、その車の上に、匂のいい白い花がぽたりぽたりと落ちてゐた。
私は相變らずつまらなさうにパイプを吹かしながら、その木を見上げ、それからもうその梢の向うによく見慣れてゐたホテルの建物が全然無くなつてゐることにはじめて氣がついた。