私は何かその少女のために胸のしめつけられるやうな氣持ちになつて、椅子から離れようとしたとき、急に自分の背後から一人の老紳士がなんだ又かといつたやうにいまいましさうに舌打ちしながら、鳥打帽を手ににぎつたまま、五六人の婦人たちのあとから、樂屋の方へづかづかと近づいてゆくのを認めた。
私はその父らしい人の姿を見送つてゐるうちに、ふいと何んとない微笑の浮んでくるのを感じながら、幾分ほつとした氣分で、會堂の外へ出ていつた。
暗がりのなかに出ると、すぐ私の傍を年老いた外人夫婦が、殆ど同時に、空を見上げながら、「…… little rain ……」といひいひ通り過ぎて行つた。