その翌日も、私はもうそれが習慣になつたやうに、夕方のいつもの時刻になるとその會堂の前を通り過ぎたが、もう自轉車もそこには乘り棄ててなければ、又、ヴァイオリンのどんなかすかな音ももう洩れては來なかつた。
だが、私はその柵にいつもと同じやうな恰好をして凭れて、パイプを吹かしてゐるだけで、すべてのものを完全に蘇らすことが出來た。
いつの日か四葉の苜蓿を搜してゐた二人の老婦人の姿までが、まだありありと浮んでくる。
その翌日も、私はもうそれが習慣になつたやうに、夕方のいつもの時刻になるとその會堂の前を通り過ぎたが、もう自轉車もそこには乘り棄ててなければ、又、ヴァイオリンのどんなかすかな音ももう洩れては來なかつた。
だが、私はその柵にいつもと同じやうな恰好をして凭れて、パイプを吹かしてゐるだけで、すべてのものを完全に蘇らすことが出來た。
いつの日か四葉の苜蓿を搜してゐた二人の老婦人の姿までが、まだありありと浮んでくる。