翌日、友人は僕が止めるのも聞かずに怒つて東京へ歸つてしまふし、僕もすこしその友人に腹を立ててゐたので、もしそれがそのままだつたら二人の間もそれきり氣まづくなつたかも知れなかつた。
……が、その友人が歸つたあとで、ふと僕が氣がつくと、僕のほとんどからつぽになつてゐた刻煙草いれ(これは護謨皮製の)の中に、いつのまにかサン・キュアドの葉がぎつしり詰まつてゐるのだ。
あんなに怒つて歸りながら、その友人が、かういふ細かな心づかひをして行つてくれたのかと思ふと、――僕はいささかセンチメンタルな氣持にさへなつて、ひとり河鹿の聲を聞きながら、しみじみとそのサン・キュアド・ミキスチュアを味はひだした、といふわけだ。