私は萩原朔太郎さんのことを考へると、いつも何處かの町角の、午後の、まだぱあつと日のあたつてゐる、閑靜なビヤホオルかなんぞで二人きりで話し合つてゐるやうな記憶が一番はつきりと浮んでくる。
それだのに、萩原さんのほうでは、私のことを思ふときは、いつも山間のホテルの露臺のやうなところで二人で話し合つてゐる姿がうかぶといはれてゐた。
いまも、詩集「青猫」のことなど書いてみたいと思つてゐると、まづ、こんな或日の出會がよみ返つてくる。
私は萩原朔太郎さんのことを考へると、いつも何處かの町角の、午後の、まだぱあつと日のあたつてゐる、閑靜なビヤホオルかなんぞで二人きりで話し合つてゐるやうな記憶が一番はつきりと浮んでくる。
それだのに、萩原さんのほうでは、私のことを思ふときは、いつも山間のホテルの露臺のやうなところで二人で話し合つてゐる姿がうかぶといはれてゐた。
いまも、詩集「青猫」のことなど書いてみたいと思つてゐると、まづ、こんな或日の出會がよみ返つてくる。