「往生繪卷」(大正十年)は今昔物語本朝の部卷第九「讚岐國多度郡五位聞法即出家語第十四」に、「好色」(大正十年)は卷第二十「平定文假借本院侍從語第一」に、「六の宮の姫君」(大正十一年)は卷第九「六宮姫君夫出家語第五」にその題材を得てゐる。
このやうに彼は今昔物語に多くの題材を得てゐるのである。
彼は後に「今昔物語に就いて」(昭和二年)といふエツセイを書き、その brutality(野性)の美しさを論じ、これこそ王朝時代の Human Comedy(人間喜劇)であると評してゐる。
「往生繪卷」(大正十年)は今昔物語本朝の部卷第九「讚岐國多度郡五位聞法即出家語第十四」に、「好色」(大正十年)は卷第二十「平定文假借本院侍從語第一」に、「六の宮の姫君」(大正十一年)は卷第九「六宮姫君夫出家語第五」にその題材を得てゐる。
このやうに彼は今昔物語に多くの題材を得てゐるのである。
彼は後に「今昔物語に就いて」(昭和二年)といふエツセイを書き、その brutality(野性)の美しさを論じ、これこそ王朝時代の Human Comedy(人間喜劇)であると評してゐる。