「おぎん」(大正十一年)
に於ける芥川氏の人生觀に肉迫してゐる。
「蜘蛛の糸」の自分ばかり地獄から拔け出さうとする男の無慈悲な心がその心相當の罰を受けたと云ふ話、「杜子春」の地獄の森羅殿の前に鞭を受けてゐる父母を見て自分ばかり仙人になるのを思ひ切り、人間らしい生活をして行かうとする話、「おぎん」の自分だけ天國の門へ入るよりも天主のおん教を聞く機會のなかつたために地獄へ墮ちてゐる筈の兩親の跡を追つて自分も地獄へ墮ちようと決心して切支丹の教を棄てる話などを擧げて、作者が極り切つた秩序ある世界をやすやすと受入れてそこに何等の懷疑の苦をも感じてゐないと言ひ、この程度の人間らしさに作者は人間を見たつもりでゐるのかと言つてゐるのである。