それを聞いて、芥川氏は素直に受け入れて、「藝術といふものが本當に分つてゐないんです」と答へた。
芥川氏があらゆる物語的なものから彼自身を解放し、最も詩に近い小説――彼の謂ふところの「筋のない小説」に強い情熱を持ち出した變化の道程を見究めれば、そこにはかういふ志賀氏との對話が或影響を與へてゐる事は見逃がせないだらう。
晩年の彼の、佛蘭西の近代の畫家セザンヌと、その「セザンヌが畫を破壞したやうに小説を破壞した」小説家ジユウル・ルナアルに對する愛が、志賀直哉氏に對する愛と一緒になつて、彼の中の物語作家を絞殺し、新に彼の中に「善く見る目」と「感じ易い心」とだけを持つところの詩人を眼覺めさせたのである事は、「文藝的な餘りに文藝的な」の冒頭において了解される。