前章に述べたところの、彼の「話」らしい話のない小説に對する熱愛の中に、僕はそれと共に、彼の彼自身の過去の仕事に對する悔恨を感じてゐる。
そして、彼のさういふ悔恨は、丁度その頃から絶え間なく彼を襲ひ出した病魔やそのための生活力の極度の衰弱と一しよになつて、ますます彼の生の暗澹さを濃くして行つた。
それまでも彼の作品の内部に常にわだかまつてゐた黒いものは、既に僕の見てゐたものであるが、それにも拘らず彼の作品の外部は華やかでさへあつたのに、(それ故一種の「華麗なる寂しさ」が彼の作品を掩うてゐたのだ)、その頃から彼の作品はその内部の黒いものを外側にまで露骨に現はしはじめたのである。