さういふ一家族全體が實に堅固に描き出されてゐる。
今日までの日本の小説の間にも、さういふ一家族全體を取扱つたものも無くはなかつたのであるが、僕の知つてゐる限りでは、それらの全部は唯、さういふ一家を築き上げてゐる人々の間の心理的葛藤とか、さういふ一家族の雰圍氣とか、さういふ一家族の中の出來事とか、さういふものだけを描いたのに、(もつと正確に言へば copy したのに)過ぎなかつたのである。
だが、僕は今「玄鶴山房」の前にあつて、その玄鶴山房といふ家を建築物として目前に見るやうな氣がする。
さういふ一家族全體が實に堅固に描き出されてゐる。
今日までの日本の小説の間にも、さういふ一家族全體を取扱つたものも無くはなかつたのであるが、僕の知つてゐる限りでは、それらの全部は唯、さういふ一家を築き上げてゐる人々の間の心理的葛藤とか、さういふ一家族の雰圍氣とか、さういふ一家族の中の出來事とか、さういふものだけを描いたのに、(もつと正確に言へば copy したのに)過ぎなかつたのである。
だが、僕は今「玄鶴山房」の前にあつて、その玄鶴山房といふ家を建築物として目前に見るやうな氣がする。