花嫁、葡萄園、驢馬、工人、――彼の教へは目のあたりにあるものを一度も利用せずにすましたことはない。
彼の最も敬愛を感じたクリストは、その一本の百合の花を「ソロモンの榮華の極みの時」よりも更に美しいと感じたクリストであり、又、弟子たちを教へるためにいつも我々の近くにあるもの――花嫁、葡萄園、驢馬などを利用するところの、後代のクリスト教的ジヤアナリストの牧師たちも彼の足許には遠く及ばないジヤアナリスト・クリストであるのである。
しかし僕が彼をクリストたちの一人と感じるのは、僕が彼自身の中にもさういふクリスト同樣の詩人兼ジヤアナリストを發見するが爲のみではない。