丁度、あの接待者聖ジュリアンが、單なる一時的な慈愛では爲し得ないやうな、そしてその原動力として愛、一切の愛、この世のありとあらゆる愛をもつてゐるやうな、崇高な抱擁をその者に與へてやりながら、あの癩病患者の傍に臥たやうに、君は自分と一緒に臥る覺悟が出來てゐるか?
そして若し事物が(とマルテが私に言ひますには)――若し事物が、君が君の興味の僅少をもつてすら他の物に氣をとられてゐるのを見拔くが早いか、彼は閉ぢこもつてしまふ。
彼は多分君に何か一言ぐらゐは云ひつけるだらう、ほんのちよつと親しげな小さな合圖ぐらゐは君にするだらう、(それだけでも既に、口のうまい謬見の方へ始終引張られがちな人間どもの間に閉ぢこめられてゐる人間にとつては、大したことだけれど)……が、それは、彼の心を君に與へるとか、彼の忍耐づよい存在、彼をすこぶる星座に似させてゐるところのあの天體的なやさしい恆久性を、君に托することは、拒絶するだらう!