さういふいくぶんの相違はあるやうでありますが、少くとも詩歌とか音樂とかの源泉についての考へ方が、おのづから東西軌を一つにしてゐるらしいことは、只今の僕には大へん有難い發見であるといはなければなりません。
前述の伊勢物語の一段、及びそれと關聯した萬葉集の歌一首のことを語つてゐるうちに、いつのまにかかういふリルケ詩中の希臘の傳説にまで及びましたが、かかる考への推移は僕には殆ど偶然でありました。
このリノスの傳説にもつと近いものを求めようとしたら、或は古事記あたりに發見せられたでもありませう。
さういふいくぶんの相違はあるやうでありますが、少くとも詩歌とか音樂とかの源泉についての考へ方が、おのづから東西軌を一つにしてゐるらしいことは、只今の僕には大へん有難い發見であるといはなければなりません。
前述の伊勢物語の一段、及びそれと關聯した萬葉集の歌一首のことを語つてゐるうちに、いつのまにかかういふリルケ詩中の希臘の傳説にまで及びましたが、かかる考への推移は僕には殆ど偶然でありました。
このリノスの傳説にもつと近いものを求めようとしたら、或は古事記あたりに發見せられたでもありませう。