一九〇八年の春、伊太利のカプリ島に友人に聘せられて再遊し、その冬獨逸で發した宿痾を暫く療養して居つたリルケは、漸くそれから恢復するや、前年來の仕事を續けるために、五月、四たび巴里に出て來たのであつた。
先づ、シャンパアニュ・プルミエェル街十七番地にささやかなアトリエを構へた。
彼と殆ど前後して、妻のクララも獨逸から巴里にやつて來た。
一九〇八年の春、伊太利のカプリ島に友人に聘せられて再遊し、その冬獨逸で發した宿痾を暫く療養して居つたリルケは、漸くそれから恢復するや、前年來の仕事を續けるために、五月、四たび巴里に出て來たのであつた。
先づ、シャンパアニュ・プルミエェル街十七番地にささやかなアトリエを構へた。
彼と殆ど前後して、妻のクララも獨逸から巴里にやつて來た。