私はそこにこの作者獨自の心ばへを見とめる。
さらに日記のもう少し先きに行くと、作者自身でかういふ自白をしてゐるところがある、――ゆくゆくは光る源氏や薫大將のやうな人竝すぐれた男に見出され、浮舟の女君かなんぞのやうに山里にかくしすゑられて、「いと心細げにて」暮らしながら、年に一度ぐらゐその御方がお通ひになつてくだされば、あとはときをり御文などを頂戴するだけでもいい、そんな身分になら自分のやうなものだつてなれなくはなささうな氣もするがと若い女らしく夢みる、――さういふ心もちを半ば自嘲しながら打ち明けてゐる一節であるが、そんなしどけない心の中まで日記に書きつけずにはゐられなかつたその女の迷ひの美しさといふものは、寧ろその箇處でよりも、前に擧げたやうな身邊雜記的なものをさりげなく記した箇處に反つてその表面の何氣なさを通して一層あはれ深く感ぜられはすまいかと思ふのである。
そんな物はかない日々のうちに、當時の女らしくときどき夢などに佛のすがたを見ては、信仰のない人間の不爲合せをはつとするほど衝動的に知らされ、その度毎にいままでのやうに物語のみに夢中になつてゐるやうな心境を棄ててひたすら信仰に生きようとも決意するが、いつのまにかそれも中途半端に終つてしまふ。