「大和物語」や「無名抄」などで歌物語化せられてから人々の心にいろいろな影を投げてきた古歌ではあるが、さういふ境遇の女が自分の宿命的な悲しみをいだいた儘いつかそれすら忘れ去つたやうに見えてゐたが、或月の好い夜にそれをゆくりなくも思ひ出し、どうしやうもないやうな氣もちにさせられてゐる時におのづから詠み出したものとして、それを考へて、一番私の心にそのなつかしさの覺えられる歌である。
――原文では、信濃に下つてゐた夫はそれから一年立つか立たないうちに病を得て歸京するが、その後間もなく身まかつてしまふ。
あとに取り殘された女は「さすがに命はうきにもたえず、ながらふめれど」遂にまつたくの孤獨となつた自分の身の上を「をばすて」と觀じ、そのやうな感慨をその古今集よみ人知らずの歌を本歌とした一首の和歌に托してゐるのだが、私は彼女自身の詠んだその歌よりも、この古歌そのものをこそ彼女に口ずさませたいやうな氣がしてならなかつたのである。