現在姨捨の驛のあるこのあたりがさうなのでは餘りにも感じが小さ過ぎる。
この山の向うの、いかにも奧深い感じのする冠着山こそわれわれの姨捨山のやうに見える。
なほ、その書物によると、それよりもつと古代の姨捨山は、その冠着山でもなく、やはり同じ更級郡にあつて昔小長谷山といはれてゐた山(現在の參謀本部の地圖には篠山と記載せらる)であつたらしいと云ふ。
現在姨捨の驛のあるこのあたりがさうなのでは餘りにも感じが小さ過ぎる。
この山の向うの、いかにも奧深い感じのする冠着山こそわれわれの姨捨山のやうに見える。
なほ、その書物によると、それよりもつと古代の姨捨山は、その冠着山でもなく、やはり同じ更級郡にあつて昔小長谷山といはれてゐた山(現在の參謀本部の地圖には篠山と記載せらる)であつたらしいと云ふ。