まして支那の古い印の好し惡しなどは何處にそれを求めていいのだかも見當がつかない。
妻の亡父の所藏して居つた十幾顆の印は彼が廣東に在つた頃何かの革命の際急に所在をくらまさなければならなかつた支那の某大官が纔かな金で彼に讓つていつた品ださうで、明清二代の名家が刻したものが多いといふ證明附のものである。
そのなかでどれが好いのだか私には一向解らないし、又、さういふものの解る人にはまだ一度も見て貰つてゐないが、ただ何んとなく私にも親しめて、好きになれさうなのが二つ三つ無いでもない。
まして支那の古い印の好し惡しなどは何處にそれを求めていいのだかも見當がつかない。
妻の亡父の所藏して居つた十幾顆の印は彼が廣東に在つた頃何かの革命の際急に所在をくらまさなければならなかつた支那の某大官が纔かな金で彼に讓つていつた品ださうで、明清二代の名家が刻したものが多いといふ證明附のものである。
そのなかでどれが好いのだか私には一向解らないし、又、さういふものの解る人にはまだ一度も見て貰つてゐないが、ただ何んとなく私にも親しめて、好きになれさうなのが二つ三つ無いでもない。