私は毎日のやうに古い寺々を歩き、古い佛たちを拜しながら、殆ど萬葉の歌を口に上らせなかつた。
新藥師寺へ行く途中の、くづれた築泥がちの道などは好きで何度も歩いたが、私はそこを通りながら思ひがけず伊勢物語の一節などをなつかしく思ひ出すやうな氣分にさせられるやうなことはあつても、家持の歌ひとつ浮んで來なかつた。
萬葉の歌はいまはもう大和の村々にも生きて居らず、寧ろ私達の平凡な日常生活の奧深くに反つてひよいと見出されるやうなときにだけ本當に私達に生きてくるのではないかとさへ思へた程だつた。
私は毎日のやうに古い寺々を歩き、古い佛たちを拜しながら、殆ど萬葉の歌を口に上らせなかつた。
新藥師寺へ行く途中の、くづれた築泥がちの道などは好きで何度も歩いたが、私はそこを通りながら思ひがけず伊勢物語の一節などをなつかしく思ひ出すやうな氣分にさせられるやうなことはあつても、家持の歌ひとつ浮んで來なかつた。
萬葉の歌はいまはもう大和の村々にも生きて居らず、寧ろ私達の平凡な日常生活の奧深くに反つてひよいと見出されるやうなときにだけ本當に私達に生きてくるのではないかとさへ思へた程だつた。