いまから千年以上も前、それらの山々に愛する者を葬つた萬葉の人々が、そのとき以來それまで只ぼんやりと見過ごしてゐたその山々を急に毎日のやうに見ては歎き悲しみ、その悲歎の裡からいかにその山が他の山と異り、限りないそれ自身の美しさをもつてゐることを見出して行つたであらう事などを考へてゐると、現在の自分までが何かさういふ彼等の死者を守つてゐる悲しみを分かちながらいつかそれらの山々を眺め出してゐるのだつた。
さういふこちらの氣のせゐか、大和の山々は、どんなに小さい山々にも、その奧深いところに何か哀歌的なものを潛めてゐる。
奈良を去る前日、私は「大和雜記」といふ本を讀んでゐたら、奈良山の一部に人麻呂歌集などにも出てゐる黒髮山といふ山があり、そこから法華寺村の北方の歌姫といふ部落に出る舊道のある事を知つて、ちよつとその黒髮山とか、歌姫といふ美しい地名に心をそそられて、その山越えをしてみたくなつた。