昨日の夕方、輕井澤から中山道を自動車で沓掛、古宿、借宿、それから追分と、私の滯在してゐる村まで歸つてきたが、その古宿と借宿との間には高原のまん中にぽつんぽつんと半ばこはれかかつた氷室がいくつも立つてゐて、丁度いまそのあたり一面に蕎麥の白い花が咲きみだれてゐて、何とも云へず綺麗だつた。
この地方特有らしい、その氷室の建物が大へん芥川さんのお氣に入り、かういふ高原にああいふ恰好の別莊を立てたいなどと云つてゐられたので、私はいつとはなしにその前を通る度にそれを一種の愛著をもつて眺めるやうになつてゐたのである。
芥川さんが輕井澤にいらしつたのは確か大正十三年と大正十四年で、十三年の夏は私は金澤の室生さんのところに長く滯在した歸りにちよつと此處に寄つたきりだつたが、翌年には私もずつと滯在し、毎日のやうにお會ひしてゐた。