この地方特有らしい、その氷室の建物が大へん芥川さんのお氣に入り、かういふ高原にああいふ恰好の別莊を立てたいなどと云つてゐられたので、私はいつとはなしにその前を通る度にそれを一種の愛著をもつて眺めるやうになつてゐたのである。
芥川さんが輕井澤にいらしつたのは確か大正十三年と大正十四年で、十三年の夏は私は金澤の室生さんのところに長く滯在した歸りにちよつと此處に寄つたきりだつたが、翌年には私もずつと滯在し、毎日のやうにお會ひしてゐた。
その十四年の夏もなんだか雨が多くて、ちやうど今年のやうな不順な陽氣であつた。