最近私はリルケの「マルテ・ラウリッヅ・ブリッゲの手記」といふ小説を非常に興味深く讀み出してゐるが、それはスカンヂナヴィアの文學――ことにキエルケゴオルやヤコブセンの作品に傾倒してゐたリルケのさう云ふ一面の最もよく現はれたものと云つてゐる評家がある位であるが、その小説の主人公であるデンマアクの若い詩人が巴里で死を前にしながら書きつづつた、その凄慘な感じのうちに一脈の云ひしれぬ sweetness を湛へた手記を讀んでゐるうち、私はしばしば芥川さんの「齒車」を思ひ浮べてゐた。
しかし、私はさういふ相似が何處から來るものか、今まであまり考へなかつたのである。
私はいつかこの二つのもののもつスカンヂナヴィア的要素をもつとよく見つめてみたいと云ふ氣がしてゐる。