彼等のうちの誰一人だつて、夕方、各〻の戸の前に帽子を手にして佇ずみながら、馬で通り過ぎる自分を見送つてゐる間、自分の目が、詩の文句かなんか搜してゐる人なんぞのやうに、無言の欲望をもつて彼等の腐りかけた床板を撫でまはしてゐるとは思はないでせう。
又、誰一人だつて知らないでせう、自分の目がいつまでもいつまでも醜い小犬だの、花瓶の間をしなやかに滑り拔ける猫だのの上に注がれてゐるのを。
それからまた百姓家のなかの粗末な、みすぼらしい品々の間に、言語を絶した、限界のない、何か謎めいた恍惚の源になり得るやうなものを自分の目が搜してゐるのだといふことを……。