その後、私は古い「エヌ・エル・エフ」を繙いてゐるうち、フェルナンデスの何とかいふエッセイの中で、次のやうな一節を讀んで、突然、その時の話を思ひ出した。
今、その雜誌が私の手許にないので、その題も忘れたし、その一節を引用する譯にも行かないが、何でも「各人が漠然と、いくらか大ざつぱに感じてゐるものに一番共通性がある。
ドストエフスキイは流石にそこに目をつけてゐた。
その後、私は古い「エヌ・エル・エフ」を繙いてゐるうち、フェルナンデスの何とかいふエッセイの中で、次のやうな一節を讀んで、突然、その時の話を思ひ出した。
今、その雜誌が私の手許にないので、その題も忘れたし、その一節を引用する譯にも行かないが、何でも「各人が漠然と、いくらか大ざつぱに感じてゐるものに一番共通性がある。
ドストエフスキイは流石にそこに目をつけてゐた。