私達のその時の意見は、はからずもフェルナンデスの同意を得たばかりでなく、漠然としてゐたところを極めてはつきりと説明して貰つたやうな感がある。
ドストエフスキイといへば、私はどういふものか「白痴」が好きであるが、ムウシュキンが一體どういふ顏をしてゐるのか、すこしも分らないのだ。
そのため私はその人物をまだはつきり捉んでゐないのかとさへ疑つたが、それも「舞踏會」の場合と同じだつたのだらう。
私達のその時の意見は、はからずもフェルナンデスの同意を得たばかりでなく、漠然としてゐたところを極めてはつきりと説明して貰つたやうな感がある。
ドストエフスキイといへば、私はどういふものか「白痴」が好きであるが、ムウシュキンが一體どういふ顏をしてゐるのか、すこしも分らないのだ。
そのため私はその人物をまだはつきり捉んでゐないのかとさへ疑つたが、それも「舞踏會」の場合と同じだつたのだらう。