さういつた凄さを何處かその底にもつてゐる山だが、その淺間も、追分の供養塔などの立ち竝んだ村はづれ――北國街道と中山道との分か去れ――に立つて眞白な花ざかりの蕎麥畑などの彼方に眺めやつてゐると、いかにも穩かで、親しみ深く、毎日見慣れてゐる私の裡にまでそこはかとない旅情を生ぜしめる。
往昔、遠く中山道を御代田の方から上つてきた旅人がやつと追分まで辿りつき、宿へのはひり口で、いかにもほつとした氣持であらためて淺間山をしみじみと見なほした數百年の感慨が、いまだに此處いらぢゆうに漂つてゐて、私達のけふの感情をもそれとなく支配してゐるのかも知れない。
そんな氣もされる。