この春、その原文を辭書と首引きで讀んだときなどは、僕の例の氣まぐれな讀み方では、讀み了へるのに二三日もかかり、それでもまだ半分以上も解らないところを殘したのであるが、――いま、比較的讀みやすい英譯で讀み直してみても、相變らず解つたやうな解らないやうなところが多い。
が、ところどころ解し得た詩句からは何ともいへず清冽な光線が發せられてきて、それが依然として暗黒である前後の詩句の上をもかすかに明るませ、それがひよいと一瞬間解つたやうな、しかしまだ何となく腑に落ちないやうな氣もちに僕をさせる工合も、それもまたなかなか愉しいのである。
「リルケがヴォルプスヴェエデの繪かき村のなかで暮らしてゐる間に書いた日記の中には、後に彼の妻となつた女流彫刻家クララ・ウェストホフに對するばかりでなく、「ブロンドの閨秀畫家」パウラ・ベッカアに對する數多の仄めかしが見出される。