リヴィエェルの、佛蘭西などの批評家にはめづらしい位に熱つぽい書きかたが、辻野君自身にも本當にぴつたりしてゐたのだらうと思ひます。
その後、リヴィエェルとクロオデルの往復書翰も是非譯したいといつて、それは既に手をつけてゐたやうですが、とうとう完成されずにしまつたのは、返す返すも惜しい。
かういふ辻野君を措いては、他にさういふ特殊なものを手がける人もちよつと居ないでせうから。
リヴィエェルの、佛蘭西などの批評家にはめづらしい位に熱つぽい書きかたが、辻野君自身にも本當にぴつたりしてゐたのだらうと思ひます。
その後、リヴィエェルとクロオデルの往復書翰も是非譯したいといつて、それは既に手をつけてゐたやうですが、とうとう完成されずにしまつたのは、返す返すも惜しい。
かういふ辻野君を措いては、他にさういふ特殊なものを手がける人もちよつと居ないでせうから。