かういふ辻野君を措いては、他にさういふ特殊なものを手がける人もちよつと居ないでせうから。
モオリアックを譯して「作品」に載せるとき、何がいいだらうと僕も相談を受けましたが、僕はあいにく「テレエズ・デケエルウ」と「癩者への接吻」しか讀んでゐなかつたけれど、どちらにもひどく感心してゐたので、躊躇なくその二つのうちならどつちでもいいだらうと答へましたが、まあ「テレエズ・デケエルウ」の方がいいかなと思つてゐたところ、辻野君は「癩者への接吻」の方を撰びました。
勿論その方が短くて雜誌に載せるのに都合よかつたせゐもあつたのだらうけれど、それをしばらく問はないとすれば、その二つのうちの撰擇にも辻野君の一面がよく出てゐるやうな氣がする。