この詩集には、私の魂の最も奧深い哀愁が歌はれてゐるからだ。
……」そして前者のやうなイマヂスムの詩集ではなく、「ポエヂイの本質が全くペーソスに出發し、」「私にとつての純一の感傷を歌つた詩集」である。
しかし、この詩集のもつところのペーソスは「牙がなく、全く疲勞の椅子に身を投げ出したデカダンスの悲哀、」「意志を否定した虚無の悲哀」であつた。
この詩集には、私の魂の最も奧深い哀愁が歌はれてゐるからだ。
……」そして前者のやうなイマヂスムの詩集ではなく、「ポエヂイの本質が全くペーソスに出發し、」「私にとつての純一の感傷を歌つた詩集」である。
しかし、この詩集のもつところのペーソスは「牙がなく、全く疲勞の椅子に身を投げ出したデカダンスの悲哀、」「意志を否定した虚無の悲哀」であつた。