* それは田端といつても、もう動坂の電車通りにちかい、大きな味噌屋の横丁をはひつた、粗末な二階家だつた。
その二階からは、本郷動坂あたりの町家の屋根が見え、木立を透いて赤い支那風な三角の旗が見えたりして、彼はその眺望を好んでゐた。
この頃から文壇的な交友も増え、諸處の雜誌に論文などを執筆することが多くなつてきた。
* それは田端といつても、もう動坂の電車通りにちかい、大きな味噌屋の横丁をはひつた、粗末な二階家だつた。
その二階からは、本郷動坂あたりの町家の屋根が見え、木立を透いて赤い支那風な三角の旗が見えたりして、彼はその眺望を好んでゐた。
この頃から文壇的な交友も増え、諸處の雜誌に論文などを執筆することが多くなつてきた。