この言葉は次の箴言集「絶望の逃走」の序のなかで云はれてゐるものであるが、それは前の「新しき欲情」についても、「虚妄の正義」についても、すべてかういふアフォリズムの形式をとつた彼の著書に對して、同じやうに云へることだと思ふ。
「昭和五年の冬、父の病を看護して故郷にあり。
人事みな落魄して、心烈しき飢餓に耐へず。
この言葉は次の箴言集「絶望の逃走」の序のなかで云はれてゐるものであるが、それは前の「新しき欲情」についても、「虚妄の正義」についても、すべてかういふアフォリズムの形式をとつた彼の著書に對して、同じやうに云へることだと思ふ。
「昭和五年の冬、父の病を看護して故郷にあり。
人事みな落魄して、心烈しき飢餓に耐へず。