** 保田與重郎の話によると、或日彼は新しい「方丈記」のやうなものを書いて見たい、それはかういふスタイルで書くのだ、といつてその數行を朗誦するのを聞いたさうである。
まだ彼の遺稿は十分に整理せられてゐないが、もしさういふものの斷片でも殘つてゐたら、と思ふこと切である。
昭和十六年秋ごろから、五十の半ばを過ぎたばかりの彼は健康頓に衰へ、強度の神經衰弱の冒かすところとなつて、自家に引籠り、誰れにももう會はなくなつた。
** 保田與重郎の話によると、或日彼は新しい「方丈記」のやうなものを書いて見たい、それはかういふスタイルで書くのだ、といつてその數行を朗誦するのを聞いたさうである。
まだ彼の遺稿は十分に整理せられてゐないが、もしさういふものの斷片でも殘つてゐたら、と思ふこと切である。
昭和十六年秋ごろから、五十の半ばを過ぎたばかりの彼は健康頓に衰へ、強度の神經衰弱の冒かすところとなつて、自家に引籠り、誰れにももう會はなくなつた。