晩年には特に彼は奇術とか催眠術とかいふものに深い興味をいだいてゐて、阿部徳藏の主宰してゐる奇術倶樂部に正式に入會してゐたことは私達も知つてゐたし、又醉餘その手品の二三を私達も見せられたりしてゐたが、いま考へると、それを單に彼らしい道樂とのみ考へてすますことは出來ないやうな氣がせられてくる。
それから私達はその書齋から下りようとしたとき、廊下の壁に二枚の繪がかかつてゐるのを見た。
その一つの大きい方のは明治初期の版畫らしく何處かの海港の圖だつた。
晩年には特に彼は奇術とか催眠術とかいふものに深い興味をいだいてゐて、阿部徳藏の主宰してゐる奇術倶樂部に正式に入會してゐたことは私達も知つてゐたし、又醉餘その手品の二三を私達も見せられたりしてゐたが、いま考へると、それを單に彼らしい道樂とのみ考へてすますことは出來ないやうな氣がせられてくる。
それから私達はその書齋から下りようとしたとき、廊下の壁に二枚の繪がかかつてゐるのを見た。
その一つの大きい方のは明治初期の版畫らしく何處かの海港の圖だつた。