かういふ筆づかひの上からのみ論じても、前者はバルザックに近く、後者はフロオベルに近い。
――私は嘗つてエヅラ・パウンドの書いた「ユリシイズ論」を讀み、そのうちでジョイスがフロオベルに大へん似てゐることを指摘してゐるのを、ちよいと面白いと思つたが、この頃はますますその感が強い。
二人ともこの上なく苦勞性の作家らしいし、それに小説の主人公に好んで俗物を持つてきて、そんな奴のどこが面白いんだらうと不思議になる位、そいつを熱心に追ひかけ囘してゐる。
かういふ筆づかひの上からのみ論じても、前者はバルザックに近く、後者はフロオベルに近い。
――私は嘗つてエヅラ・パウンドの書いた「ユリシイズ論」を讀み、そのうちでジョイスがフロオベルに大へん似てゐることを指摘してゐるのを、ちよいと面白いと思つたが、この頃はますますその感が強い。
二人ともこの上なく苦勞性の作家らしいし、それに小説の主人公に好んで俗物を持つてきて、そんな奴のどこが面白いんだらうと不思議になる位、そいつを熱心に追ひかけ囘してゐる。