この一行がふしぎに僕等の心をとらへるのは、この中で彼が赤ままの花やとんぼの羽根を歌ふことをしなかつたからではなく、むしろ赤ままの花やとんぼの羽根を彼らしく歌つてゐるからではないか。
これはほんの一例にすぎないが、僕はさういふところに中野の詩人としての惱みがあるのだらうと思つてゐる。
二、窪川稻子
この一行がふしぎに僕等の心をとらへるのは、この中で彼が赤ままの花やとんぼの羽根を歌ふことをしなかつたからではなく、むしろ赤ままの花やとんぼの羽根を彼らしく歌つてゐるからではないか。
これはほんの一例にすぎないが、僕はさういふところに中野の詩人としての惱みがあるのだらうと思つてゐる。
二、窪川稻子