「羅馬を後にして、カンパニヤの野邊を横り、アルバノの山の東を走り、險しき山の崖、石多き川の谷を過ぎ、いつしかカッシノに著けば、近くモンテ・カッシノ山の聳ゆるあり、僧院の建物見ゆ。
とは濱田青陵の南歐遊記の一節である。
そのモンテ・カッシノ僧院に、ジィドは或年(戰爭の數年前)一週間ばかり滯在してゐた。
「羅馬を後にして、カンパニヤの野邊を横り、アルバノの山の東を走り、險しき山の崖、石多き川の谷を過ぎ、いつしかカッシノに著けば、近くモンテ・カッシノ山の聳ゆるあり、僧院の建物見ゆ。
とは濱田青陵の南歐遊記の一節である。
そのモンテ・カッシノ僧院に、ジィドは或年(戰爭の數年前)一週間ばかり滯在してゐた。