ショパンの音樂を考へるとき、ジィドはボオドレエルの詩を思はずにはゐられないのだ。
兩者における完璧たらんとする願ひ、饒舌への嫌惡、さうして同じやうな不意打ち(surprise)の愛用、そのための極端な省略……
私が昔「エル・ハヂ」を譯したとき、或る音樂雜誌に出てゐたこのショパン論を、その少し前に讀んで、ジィドの文體の魅力についていろいろと思ひあたる節があつた。
ショパンの音樂を考へるとき、ジィドはボオドレエルの詩を思はずにはゐられないのだ。
兩者における完璧たらんとする願ひ、饒舌への嫌惡、さうして同じやうな不意打ち(surprise)の愛用、そのための極端な省略……
私が昔「エル・ハヂ」を譯したとき、或る音樂雜誌に出てゐたこのショパン論を、その少し前に讀んで、ジィドの文體の魅力についていろいろと思ひあたる節があつた。