二三の花はまだ彼等の花のデリケエトな氣泡(bulles)を葵色の高い枝付燭臺のやうに噴出(effusaient)させてゐたけれど、つい一週間前まではその香ばしい泡(mousse)が逆卷いてゐた(〔de'ferlait〕)それ等の葉の多くの茂みの中では、空虚な、ひからびた、香りのない泡(〔e'cume〕)が、ちぢまり、黒ずみながら、萎んでゐた。
これはクルチウスといふ獨逸の批評家が「ここで、プルウストは、比喩の連絡によつて、我々にリラの實體そのものを目に見えるやうにさせてゐる」と言つて激賞してゐる一節であります。
クルチウスが説明しますには、「先づ、植物の生長のリズムが「噴出する」(effuser)といふ言葉によつて我々に與へられる。