これらのテレェズの言葉が、見方によつては、小説全體の上に強い光を投げつけ、彼女のそれまでの憑かれたやうな行爲の一つひとつを異様に照らし出すやうに思へないことはない。
さうしてテレェズの夫のやうな、自分に滿足し切つて、いくぢのない平和を貪つてゐる人間の裡に、はげしい不安を呼び醒まさずにはおかないやうな恐ろしい義務、テレェズをしてあんな慘めな行爲に驅りやつたもの、――さういつたやうなものが同時にまた、この「テレェズ・デケルウ」を書いたモオリアックのカトリックとしての唯一の口實なのではないか。
そんな氣がする。